黒魔術部の彼等 ディアル編2


キーンから幸運薬をもらった翌日、惜しげもなく飲み干していた。
体調に変化はなく、授業も何ら変わりなく進み、まだ効果はわからない。
それなら、自分で日常に変化をもたらしてみるしかないと、部室へ向かっていた。
部室にはまだキーンが来ていないのか、空気が淀んでいない。
ディアルはいつものように、一人静かに読書中だった。

「・・・ディアルさん、何の本を読んでいるんですか?」
いつもなら、話しかけにくいオーラをまとっていて声をかけはしなかったけれど
昨日会話をしたことと、幸運薬を飲んでいるということが背を押した。

「夕日だ」
「夕日・・・ちょっと、ロマンチックな題名ですね」
「人はなぜ眩しいはずの夕日を見続けたくなるのか、その理由を考察している」
ロマンチックでも何でもなかった。
「て、哲学ですね」
会話の間、ディアルは本から目を離さなくて歯がゆくなる。
このままで終わらせてしまうのが悔しくて、思い切ったことを言った。

「あの、夕日、見に行きませんか」
そこで、ディアルが顔を上げる。
「本に書いてあること、実践してみるのも楽しいと思うんです、けど」
数秒の沈黙、間が空く。
ディアルは本を閉じ立ち上がると、扉の方へ向かった。

「あ、あの」
「実践するんだろう。森の開けた所に見やすい場所がある」
「すぐ行きます!」
気分は、一気に高揚していた。


ソウマはディアルに続いて、森の道を歩く。
進んで行くと、部室に似た空気が漂ってきた。
さらに進むと、森が開ける。
そこには、どうやって隠れていたのか、漆黒の居城があった。

「・・・この城、部室に雰囲気が似てますね」
「キーンの家だ。ここの転送装置を使う」
似合いすぎていて、驚きは薄い。
それよりも、軽々と転送装置を使わせてもらえるなんて
一体二人はどういう関係なのだろうかと気になった。
ディアルは遠慮する様子もなく、場内へ入る。
中には無数の扉があったが、迷わず赤い扉を開いた。
室内には転送装置があり、ディアルか操作すると黒い輪が表れた。

「すぐに消える、早く入れ」
「は、はい」
地獄へ飛ばされてしまいそうな色の輪の中へ飛び込む。
以前と同じく空間が歪み、強く目を閉じた。
やがて空気が変わり、目を開ける。
そこは風がそよぐ丘の上で、目の前に夕日があった。
オレンジ色の光が眩しい、けれど見ていたくなる。
直視はしていられなくなって目を逸らすと、いつの間にか隣にディアルがいた。

「お前は、人がなぜ夕日を見ていたくなると思う」
「あ・・・ええと・・・」
いきなり問われ、言いよどむ。
気に入られそうな答えなんて、考えている間はない。


「・・・自分の手が届かないものだからだと思います。
とても綺麗でも、決して自分のものにはできない・・・
だから、せめて見続けていたい、少しでも強く記憶に留めるように」
そして、あわよくば気づいてくれるようにと。
後半、自分がディアルの背を見つめる様子が浮かぶ。

「まるで、自分を投影しているようだな」
はっとして、ディアルを見る。
「お前が見続けているのは、キーンのことか」
「ち、違います!見ているのは・・・」
口を閉じたが、もう遅い。
キーンが違うのなら、残りは一人しかいないのだから。

「・・・その人のこと、見ていたくて、知ってみたくて、それだから入部して・・・。
今、信じられない時間を過ごしているんですよ、ただ背中を見詰めていただけだったのに・・・」
夕日が、頬の色を誤魔化してくれないだろうか。
ディアルの顔も直視できなくなって、目を伏せる。
次にどんなことを言われるかが、怖かった。

「・・・好かれるはずはない。そういう波長を発しているはずだ」
「でも、キーンとは仲良いんですよね。堂々と家の中に入れるくらいですから」
「あいつは・・・」
今度は、ディアルが言いよどむ。
中々答えが出てこないと、余計に気になった。

「あいつは、同類だ」
「同類・・・って、どういう」
言葉の途中で、ディアルの掌が胸部に添えられる。
ちょうど心臓の辺りを捉えられていて、息を呑んだ。

「お前は、波長を消す特殊能力を持っているのか、それとも・・・」
ざわりと、一瞬寒気がする。
じっとしているだけでも、不思議と心音が早くなる。
見詰めているだけだった相手に触れられているからだろうか。
さっきは直視できなかったのに、今は目が離せない。
自分の中で、何かが騒ぎ立てる。
反射的に、その場から飛び退いていた。

「・・・もうすぐ、日が沈む」
気付けば、夕日が山の陰に隠れようとしている。
「そろそろ帰るか、送って行く」
「あ・・・ありがとう、ございます」
ディアルから離れると、奇妙な感覚は消えていた。
疑問に思うけれど、送って行ってくれることが嬉しくて
さっきのことなんて、ささいなことになっていた。




翌日の部活にはディアルはおらず、キーンが先に来ていた。
「ああ、ソウマさん。幸運薬の効果はいかがでしたか?」
「あー、えっと・・・効果」
昨日はディアルと会話できて、胸部に触れられ、帰りは送ってもらえた。
奇妙な出来事はあったけれど、だいぶ幸運には違いなかった。

「ディアルさんと過ごしたのでしょう。近寄りがたい人ではありますが、話せないことはありませんから」
「うん、不思議なことはあったけど・・・ついてたと思う」
「不思議なこと、とは?」
キーンが興味深い物を見つけたように、目を光らせる。

「・・・胸に掌を当てられたとき、変な、感覚がしたんだ。寒気がするような、何かがざわめくような」
「それは、こんな感じですか」
ふいに、キーンが心臓の辺りに掌を添える。
瞬間、昨日より強い寒気とざわめきを感じた。
とっさに飛び退こうとしたけれど、背に腕を回されて阻まれる。

「キーン、離して・・・っ」
「ふふ・・・」
キーンは薄ら笑いを浮かべ、距離を詰める。
手の平を押し付けられると、危機感を覚えるように鼓動が早くなった。
「あ・・・」
寒気と熱が入り混じって、奇妙な感覚にとらわれる。
胸騒ぎが、早く離れろと警告する。
目は焦点を失い、急激に体力が奪われていく。
これから起こる出来事に、抵抗する力を無くすように。


「ああ、やはり居るのですね。さあ、その姿を見せて・・・」
言葉の途中で、がらりと、部室の扉が開く。
ソウマとキーンのただならぬ雰囲気を目の当たりにした瞬間、ディアルは目を剥いていた。
次の瞬間、何かの力でキーンが吹き飛ばされる。
急に支えを失い、後ろに倒れてしまう。
後頭部を床に打ち付けてしまうところだったが、その前に抱き留められた。

「ディアル、さん・・・」
虚ろな目をしているソウマを見て、ディアルはそっと頭を撫でる。
やけに安心して、無意識のうちにディアルに擦り寄っていた。
「キーン、無理に引き出すな」
「すみません。喜びのあまり、つい急いてしまいました」
よくわからない会話が気になるけれど、今は質問する余裕がない。
じっとディアルを見ていると、目が合った。

「悪かったな。回復したら、話す」
ソウマはふっと息をつき、ディアルに寄りかかって目を閉じた。
ゆっくり話せる場所へ行こうと、ディアルの家へ行く。
住所を知られたくないのか、わざわざキーンの転送装置を使って移動した。
部屋には椅子が一つしかなく、キーンがささっと座る。
二人は、仕方なしにベッドに腰掛けていた。


「あの・・・早速聞きたいんだけど、キーンはさっき何しようとしたんだ」
「あなたの中に居る者を呼び出そうとしていました。どんな姿なのか、ぜひ見てみたくて」
よくわからなくて、疑問符が浮かぶ。

「お前、部室の空気を吸っても平気だろう」
「不気味ではありますけど、他に何かあるんですか?」
「入部希望の見学者は、一息吸っただけで逃げて行きますよ」
普通に呼吸できているのに、そんなことはまるで信じられなかった。

「それに、あなたはディアルさんに興味を持ち、近付いた。
人を寄せ付けない波長を出しているにも関わらず」
「それは、そんな雰囲気の人が気になって、どんな人なのか知りたくなって・・・」
恥ずかしながらも、弁明する。

「普通なら、そんなことは思わないはずなんです。
夕日を見に行った時、胸に触れられてざわめきを感じたでしょう」
「そ、それは、ディアルさんに触れられた、から、驚いたのもあったけど、それは・・・」
あの胸の鼓動は、好意的なものではなかったのだろうか。
少なくとも、さっきのキーンのときとは違う。
ざわめきだけではないものを、確かに感じていたのだ。

「私のときは強い寒気を感じたでしょう。それが確かな証拠です」
否定できずに、黙りこくる。
「ソウマさん、あなたは変わりつつある。
昇華させるかしないかはあなたの判断ですが、早いうちからの方がいいですよ」
「そんなこと、突然言われても・・・」
「これが、私が話すことのできる全てです。後は、お二人でどうぞ」
引き留める間もなく、キーンは出て行く。
後に残され、しばらく間が空いた。


「・・・ディアルさんにも、何かいるんですか。部室の空気に耐性があるから」
「まあな。物心ついたときには、どこか違っていた」
「・・・さっき、人を寄せ付けなくする波長があるって言ってましたけど
それって、真剣な顔で読書している人には誰でも話しかけにくいんじゃないですか?」
「波長は目に見えるものじゃない。疑いたくなるのも無理はない」
未だに、本当に自分の中にざわめくものがいるのか信じられない。
それに、ディアルに興味を抱いたことを、その何者かのせいにしたくなかった。

「触れられたときに奇妙な感覚になったのも・・・
二人が、もともとそういう力を持っているからなんじゃないですか?
相手に寒気や動悸を起こさせる力を」
ディアルは、何も反論しない。

「空気に耐性があることだって、生まれ持っての特性かもしれない。
自分の中に何かがいて、それが他人とまるで違うものだなんて・・・」
そこまで言ったところで、部屋の空気が変わる。
部室に似た雰囲気がしたと思うと、ディアルの背から黒い霧状のものが出てきていた。
それは竜と蛇を組み合わせたような、奇妙な生き物の形となり頭を振っている。
目を丸くして見つめていると、ものの数秒で霧は掻き消えた。

「部室の空気と似ていただろう」
「・・・はい」
「そういうことだ」
目の前で見せられては、納得するしかない。
「僕が、ディアルさんと接したいと思うのも・・・その、何者かのせいなんですね」
「共通点として、引き合うものがあるのかもしれないな」
「・・・ディアルさんが触れてくれたとき、胸が高鳴ったのも、幸福感を覚えたのも、同じ何かがいるから・・・」
ディアルは黙って、顔を背ける。

「・・・好かれるはずはない、きっと、そうなのだろう」
自虐的な言葉を聞き、衝動的に手が伸びる。
すぐに、ディアルの肩を掴みベッドに押し倒していた。
自分がこの人のことを気にかけた理由は、奇妙な霧のせいではないのだと否定したい。
けれど、確固たる自信がなくて口をつぐんでいた。


「・・・お前は、オレをどうしたいんだ」
言葉が出ない代わりに、体が動く。
理性が止めることなく、身を下ろしてディアルに抱きついていた。
触れ合うと、とたんに心音が落ち着きをなくす。
さっき見た禍々しいもののせいではないと信じたかった。

間を開けた後、ディアルはゆっくりとソウマの背に腕を回して抱き留める。
受け入れられたのだろうか、それとも子供をあやす感覚と同じだろうか。
たとえ後者だとしても、抱きしめてくれたことだけで幸福感が溢れていた。
心地よくて、離れることができない。
しばらく温かみを感じていようとじっとしていると、やがて耳元に寝息が聞こえてくるようになった。

眠ってしまうほどの安心感を覚えてくれたのだと思うと、また嬉しくなる。
ちらとディアルを見ると、至近距離に顔があってよからぬことを考えてしまう。
寝息が出ている箇所を、じっと見てしまう。
行動を起こせば、抱いている気持ちは自分のものなのだと証明できる気がした。

身をよじり、唇を近付ける。
合意ではない、寝込みを襲う行為なんて卑怯なことかもしれないけれど、もはや止められなかった。
息がかかるまで接近して、一瞬躊躇う。
その一瞬のとき、目の前の瞳が開かれた。


「・・・す、すみません」
とっさに離れようとしたけれど、背に回された腕は解かれない。
「・・・一時の間だけだったが、夢を見ていた。温かくて、幸せな夢だ・・・」
「僕、掛布団の代わりですか?」
「いや・・・これがキーンだったら、悪夢を見ていただろう」
本当にそうなりそうで、微かに笑う。

「お前だから・・・そんな夢を見られたのかもしれないな」
はっと息を飲んだとき、もう迷わなかった。
ディアルと唇を重ね、目を閉じる。
自分の方が、夢を見ているのではないかと訝しむ。
それくらい衝撃的で、信じられない程幸福な感触だった。

この人を離したくない、人を寄せ付けないのなら、自分だけのものにしてしまいたい。
幸福感のさなかに、そんな独占欲が渦巻く。
ざわりと、寒気がして背中が疼く。
口付けたまま、黒い霧が背から発生し八本の足を生やす。
まるで蜘蛛のような形をした霧は、ディアルの体を捕らえていた。
ディアルからも霧が渦巻き、細長い体をした蛇竜が姿を現す。
それは蜘蛛の足に絡みつき、お互いは交わり合っていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
後輩攻め・・・ですかね、一応。